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人気ディレクターがラジオと歩んだ10年|『アフタートーク』【書評・感想】

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人気ディレクターがラジオと歩んだ10年|『アフタートーク』【書評・感想】


高校時代、勉強の相棒はラジオだった。

中学の技術の授業でハンダ付けして作ったチャチな携帯ラジオで、音はガビガビ。それがある種のホワイトノイズのように働くのか、妙に集中できた。狭い学生寮のデスク。

 

ラジオの程よく他人事な感じが好きだ。

カフェで聞こえてくる他人の会話みたいに、気になるところは少し集中して、それ以外は軽く聞き流せる、絶妙な距離感がいい。


まぁ、今の学生は放送電波(AM/FM)のラジオは聞かないのだろうけれど。

私も最近はもっぱらポッドキャストやYouTubeだ。流れてくる音を何とはなしに聞くあの感覚は、可処分時間を情報で殴って奪いあう今では贅沢品になってしまったのかもしれない。

それでも、ラジオを聴きながら机に向かったあの時の感覚は今も色褪せていない。それを思い出せたのは、きっとこの本を読んだからだ。

アフタートーク

腐っていたぼくに残るのは ラジオへの情熱と無色透明の個性。
オールナイトニッポン元チーフディレクター・石井玄(ひかる)の10年間を綴った初エッセイ!
ラジオへの情熱と志を綴った、10年間の集大成=アフタートーク。仕事や人生への示唆に富む一冊。-KADOKAWA 作品紹介より抜粋

本書は、大人気ラジオ『オールナイトニッポン』のチーフディレクターだった石井玄氏のエッセイ。ラジオ好きには馴染み深い「石井ちゃん」が、ラジオディレクターとして駆け抜けた10年間がぎゅっと1冊に煮詰められている。

どのようにラジオと出会い、どうやってラジオディレクターになったのか。ラジオの舞台裏で味わう、苦しみ、喜び、挫折、成長。エピソードの端々からとにかく伝わってくるのは、石井氏のラジオ愛だ。


飛び抜けた才覚があるわけではないが、「ラジオが好き」という一念で業界に飛び込んでいく。

ラジオ番組そのものを大切に思っているからこそ妥協はしない。

ディレクターとして積み上げてきたことを語る様は誠実で、こういったところが現場でも信頼されていたんだろうなぁ、と感じ入る。


なお、本書は石井氏自身のエピソードだけでなく、合間合間に対談や出演者に関するコラムが挟まれている。先輩ディレクターや人気パーソナリティについての項目もあるので、ラジオ好きなら2度美味しい仕様だ。

垣間見えるラジオの舞台裏

普段、何かしらのコンテンツを味わっている時、その背景を考えることは少ない。作り手の内情は遠く、我々受け手は作品そのものを消費するだけだ。

しかし、本書ではそんな「ラジオ番組を取り巻く裏方の仕事と思い」を少しなりとも知ることができる。消費コンテンツの一つとしてでなく、たくさんの人の手によって作り上げれたプロダクトとして、違った視点から見えるものもあるだろう。


例えば、番組のおおもとになる企画や打ち合わせ。

相手に合わせて伝わるような企画書を……というのはビジネスパーソンなら馴染み深いだろう。ラジオコンテンツだって、我々の普段の仕事とさほど変わりなフローで作られている。

放送本番のタイミング指定やキューといった独特の仕事こそあれ、広義の「ものづくり」の現場であることは変わらない。

今後ラジオを聴く際には、以前よりもっと作り手のことが身近に感じられるかもしれない。

 

そういえば、声だけのメディアは許容性が高いらしい。文章は背景情報が乗りづらいためか、文脈や感情のニュアンスが伝わらず炎上しやすい。おかげで最近はTwitter(現X)などでは何を言うにも方々に配慮配慮、といった様を見るが、ラジオは比較的尖った表現が生き残っているように感じる。

受け手のセグメントの差もあるだろうが、これは音声コンテンツの強みだろう。この調子で、変な忖度のない面白さが続いてほしいと切に願う。
(まぁそれでも、喋りでは問題なかった言い回しが文字起こしされた途端炎上することもあるらしいが)