『かわいそ 笑』はネットロアを題材にしたホラー小説だ。
ジャンルとしてはモキュメンタリーに当たるのだろうが、モキュメンタリーの枠に収まらない、読者を舞台上に引き摺り込むような仕掛けを伴った斬新な構成をしている。
意図的にストーリーを散らし、本筋が掴みにくく書かれているが、自分なりに咀嚼した真相を、ここに書き残しておきたい。
大きくネタバレを含むので、未読の方はぜひ一度本編を読んでから本記事を読んでほしい。貴重な読書体験を奪うのは忍びない。
特定個人に向けられた呪い
作中で語られる都市伝説では、ある女性が必ず酷い目に遭う。
それも単純に「ある女性が被害者になる一連の物語」ではなく、全く無関係な話が、その女性にまつわるストーリーに【書き換えられている】。
特に顕著なのは 第三話 受信トレイ(15) だろう。
地の文には”男性らしい名前”と語られるのに、最後に明らかになる名前は”よこつぎ すず”。そう。この物語では、複数のネットロアの犠牲者の名前だけが”横次鈴”の名前に書き換えられている。
なぜそんなことが為されているか。
それは物語ラストで”相談者”の口から語られた通り、呪いのためだ。
冒頭で相談者として現れた女性は、横次鈴という人物を呪っている。そのために複数の物語の被害者を”横次鈴”に書き換えた。これは呪詛で言う「見立て」のようなもので、都市伝説そのものを形代にした厭魅の呪法だろう。
ネット上で広められた噂により、さらに多くの物語で犠牲者が”横次鈴”に書き換わる。さらには本として出版することで、多くの読者の目に触れ、呪いは拡大していく。
この作品の本当の怖さは、一連の悪意に自分が加担してしまったことに思い至った時の「気づきの恐怖」だ。
黒幕の動機
では、相談者はこのような回りくどい手段で悪意を振り撒くのか。
何が発端となったのか。それを深掘りするための素材もまた、一連のネットロア群の中にある。
本作で語られたストーリーは、3つのベースになる話と、そこから派生した怪談群からなっている。
- 「りん」というハンドルネームの、同人趣味の女性に関するもの
- 「死体の一部が映された写真」に関するもの
- 「幽霊に合う方法」というホームページに関するもの
様々なストーリーが意図的に散らして語られ、本筋が掴みにくくしてあるように感じるが、概ね元となる話はこの3つに収束する。
注目すべきは①だ。
本の冒頭にあるQRコードで誘導されるアカウント(@RingRingChan)がおそらく「りん」というハンドルネームのユーザーだと考えると、呪われている”横次鈴”が「りん」なのだろう。
「怪談の犠牲者を”横次鈴”に書き換える」ことによって多くのストーリーで矛盾や違和感が生じているが、「りん」が登場する第一話と第四話については、都市伝説風の味付けこそあれ大きな違和感は生まれていない。
どちらも「りん」という同人趣味のある女性が、少しイタい性格をしていることで一貫している。自傷をしていた、自称霊感もちである、自意識が前面に出たWEB小説を書いていた、などである。おそらく、これらは”相談者”が最初に広めたオリジナルの話なのだろう。
総合するとこの話の真相は、「相談者の女性が、鼻につく同人仲間の女性をひどく大掛かりな方法で呪おうとしている」ということになる。
偏執的な悪意。そして、読者は知らないままにそれに加担させられている。
「もうやり直せないよ 残念でした」
これは横次鈴に向けての言葉なのだろうか。
それとも、我々読者に向けられた言葉なのだろうか。
いずれにせよ、何が起きていたのか、何をしてしまったのか、知ってしまった以上もう戻れないのだろう。