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日常がじわりと燃え落ちていく現代ホラー|『骨灰』

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日常がじわりと燃え落ちていく現代ホラー|『骨灰』

2023年の直木賞候補作だった「骨灰」を読んだ。

kindleの無料試し読みから入ったのだけれど、冒頭だけですっかり呑み込まれてしまった。

 

この物語は、建築デベロッパとして働く主人公が、取り壊し予定のビルの検査のため、地下への階段を下っていくシーンから始まる。

真っ暗な地下階段。埃臭い中を下っていくと、徐々に空気が、からからに乾いていく。立ち上る熱と何かの臭い。そこらを舞っているのは埃ではなくて、灼けて乾いた灰や骨なのではないかと錯覚する頃、ビルの地下に不似合いな奇妙な部屋が現れる。

小さな部屋の中央には、鉄筋コンクリートに空けられた大きな穴と、神棚。穴の中を覗き込むと、手錠に繋がれた男性が横たわっていた……

 

分量にして20ページほどだろうか。ここまでのわずかなシーンでべらぼうに怖い。今年はホラー小説を結構読んだけれど、その中でもトップクラスの作品かもしれない。

どうか、このじりじりと灼かれるような、乾いた恐怖を体感してほしい。そんな思いから紹介する。

 

骨灰(KADOKAWA|冲方 丁)

大手デベロッパーのIR部で勤務する松永光弘は、自社の高層ビルの建設現場の地下へ調査に向かっていた。目的は、その現場について『火が出た』『いるだけで病気になる』『人骨が出た』というツイートの真偽を確かめること。

異常な乾燥と、嫌な臭い―人が骨まで灰になる臭い―を感じながら調査を進めると、図面に記されていない、巨大な穴のある謎の祭祀場にたどり着く。穴の中には男が鎖でつながれていた。

数々の異常な現象に見舞われ、パニックに陥りながらも男を解放し、地上に戻った光弘だったが、それは自らと家族を襲う更なる恐怖の入り口に過ぎなかった。

とにかく、冒頭を読んでみて欲しい

得体のしれない穴に潜っていくのは、怖い。暗闇の中を探索するのもホラーの定番だ。当然怖い。

しかし、そういったシーンで演出されるのは、たいてい湿った恐怖ではないだろうか。
効果音でいうなら「じわり」とか「ひたひた」。濡れた腐葉土を踏み締めるような、側溝の澱みのような怖さ。

しかし本書冒頭で出てくるのはあまりにも異質な、音のない乾きと熱だ。

文字列を追うにつれ、自分も火の粉にまかれているような気がして、ぐっと息を詰める。熱を感じる顔と対照的に指先は冷えていく。表面はこの季節の乾燥もあってカサつくのに、指の腹だけがひんやりと湿っている。

そんな独特な感覚が味わえる。

戦火や災害に見舞われた東京という街

本作の舞台は東京の只中だ。

一等地にあるビルが取り壊されるので、大手デベロッパーが調査に入る。そんな、都市にありふれた仕事風景の中、主人公だけが地下に祀られた鳥居に気づいてしまう。その謎を辿るうちに、東京一帯に染み入った災いに近づいていく……

こういう祭祀が関わる「人知の及ばないものに日常が侵食される」タイプのホラーは地方が舞台なイメージが強いので、東京という都市が題材になっているのは新鮮だ。

歴史的に戦火や震災の炎に見舞われてきた街、という捉え方は、奇妙な風習が息づく「田舎の村」でも、誰にでも起こりうる恐怖を描いた「どこかの町」でもなく、東京を舞台にしたホラーとして上手く活かされていたように思う。


主人公は都市部で働くサラリーマン。気の合わない上司もいるが、中堅社員としてそこそこの実績をあげている。妻と娘がいて、ファミリー向けアパートに住んでいる。

そんな日常が、燃え落ちる紙片のように徐々に侵食されていく恐怖。それこそが本作の魅力だろう。

終わりに

「骨灰」はちょうど去年の今頃発売された小説だ。

この本を、からからに乾いた冬のこの時期に発売したのは上手いな、と思う。

かさりと滑る指先の、表紙に触れている指の腹だけがひやりとした汗で張り付いて、本の中との温度差が恐さの輪郭を描いているようだった。