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学問に触れる人類は須く「プロジェクト・ヘイル・メアリー」を読むべき。できれば前情報0で。

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学問に触れる人類は須く「プロジェクト・ヘイル・メアリー」を読むべき

話題になってから周回遅れで手を出した感は否めないが、評判通りにすごい作品だった。

「プロジェクト・ヘイル・メアリー」は『火星の人』『アルテミス』を執筆したSF作家アンディ・ウィアーの第三作目だ。とある事情から太陽の熱が急速に奪われ始め、危機的な状態に陥った地球を救うべく、宇宙に片道切符のミッションに旅立った主人公の物語。

この本のテーマは「人類の科学史」なのだろう。数々の問題解決にあたり、言語学・化学・文化人類学・物理学・生物学……とさまざまな科学の結晶を駆使してそれらが実をむすんでいく。科学に関する物語で、ここまで幅広い分野を扱い、見事にシナリオに落とし込んだ作品を私はいまだかつて知らない。


正直なことを言うと、本書については本当に一才のネタバレを踏まずに読んでほしい。冒頭のシーンから、主人公と一緒にまっさらな情報・まっさらな先入観で読んでいってこそ全てを楽しめる物語だと思う。

ただ、流石にそれでは「何がすごいのか」の紹介もできやしないので、本記事では致命的にならない範囲のごく微細なネタバレを踏まえて紹介する。

プロジェクト・ヘイル・メアリー

グレースは、真っ白い奇妙な部屋で、たった一人で目を覚ました。ロボットアームに看護されながらずいぶん長く寝ていたようで、自分の名前も思い出せなかったが、推測するに、どうやらここは地球ではないらしい……。断片的によみがえる記憶と科学知識から、彼は少しずつ真実を導き出す。ここは宇宙船〈ヘイル・メアリー〉号――。

ペトロヴァ問題と呼ばれる災禍によって、太陽エネルギーが指数関数的に減少、存亡の危機に瀕した人類は「プロジェクト・ヘイル・メアリー」を発動。遠く宇宙に向けて最後の希望となる恒星間宇宙船を放った……。 -出版社紹介文より引用


急速に冷えていく地球を救うため、宇宙の果てに送り出された主人公・グレースは、宇宙船搭乗時の処置の影響によって記憶が混濁した状態で目を覚ます。

朧げながら、地球が危機的な状況であり、それを救う方法を見つけ出す必要があることは思い出せた。生命維持のための物資がそこをつくまでの間に、地球の問題を解決する手段を見つけ出さねばならない。

そんな宇宙船での緊迫した旅路で「これまでの社会通念や言葉が一切通じない相手」とコミュニケーションを余儀なくされる場面が訪れる。この相手とのやりとりがすごいのだ。

文字通り全く共通点を持たない相手だったけれど、ただ一つ接点となるものがあった。それが化学だ。グレースたちは気体(O2)を示す分子構造をきっかけに意思の疎通を果たし、そこから加速度的にコミュニケーションが加速していく。

意図が通じれば、次は意味。

互いに理解できない言語だけれど、法則性は見つけられる。言語学のターンだ。固有名詞やYes/Noを交えた表現から動作から文法を解析し、意思の疎通を図る。

ある程度意思疎通ができるようになれば、異なる文化や思想へ寄り添ったり(文化人類学)、ともに問題解決に向けたアプローチを進めていく(物理学、生物学、etc…)。

学問に縁のある人であれば、きっとそれらのイベントのいずれにか胸を揺さぶられることだろう。

もちろん、小説としてのエンタメ性も折り紙付きだ。最後まで先を読ませない手に汗握る展開と、とっつきにくい専門用語もスラスラ読ませてくる筆力に、安心して身を任せるといい。


現在、映画化も進行中らしい。この素晴らしい科学の物語をどう表現するのか、今から楽しみで仕方がない。