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湿気が纏わりつくようなホラー短編集|『梅雨物語』【書評・感想】

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湿気が纏わりつくようなホラー短編集|『梅雨物語』【書評・感想】

貴志祐介のホラーは、怖い。

大抵のホラー、特にジャパニーズホラーには耐性値が高い私だが、貴志作品のホラーには毎度身構える。ある種のトラウマに近いかもしれない。

もう20年近く前、世間一般より早く親元を離れて中高一貫の学生寮で生活していたころのことだ。よりにもよって入寮まもない時期に『十三番目の人格 ISOLA』読んでしまい、大変後悔したのを覚えている。

いや、小説は面白かった。面白なかったのだけれど。
慣れない量の狭い部屋、重い扉の内側で読むあの話は多分に臨場感があり震えたものだ。(その後、寮に慣れてきた頃に『クリムゾンの迷宮』を読んで同じ後悔をしたのもの良い思い出だ)

今回読んだのはそんな貴志祐介の新作短編集だ。

梅雨物語

命を絶った青年が残したという一冊の句集。元教師の俳人・作田慮男は教え子の依頼で一つ一つの句を解釈していくのだが、やがて、そこに隠された恐るべき秘密が浮かび上がっていく。 -「皐月闇」

巨大な遊廓で、奇妙な花魁たちと遊ぶ夢を見る男、木下美武。高名な修験者によれば、その夢に隠された謎を解かなければ命が危ないという。そして、夢の中の遊廓の様子もだんだんとおどろおどろしくなっていき……。 -「ぼくとう奇譚」

朝、起床した杉平進也が目にしたのは、広い庭を埋め尽くす色とりどりの見知らぬキノコだった。輪を描き群生するキノコは、刈り取っても次の日には再生し、杉平家を埋め尽くしていく。キノコの生え方にある規則性を見いだした杉平は、この事態に何者かの意図を感じ取るのだが……。 -「くさびら」

本書は3つの短編が収められた短編集だ。
一作目と三作目はミステリー、二作目は文学っぽい雰囲気の強い作品となっている。

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1作目:皐月闇

女性が老人のもとを訪れる。老人は元恩師で、高校時代の俳句部の顧問だったようだ。句に対する読解力が高く、俳句を読み解くことで読み手の考えや行動を見透かすことができる、さながら俳句版の安楽椅子探偵らしいことが語られる。

なるほど、俳句をテーマにしたミステリーホラーか。

そう納得し読み進めると、程なく不安感が立ちのぼりはじめる。老人に、認知症で記憶力が怪しい描写が散見されるのだ。信用できない語り手なのかもしれないな、という疑念を読者に抱かせたまま話は進む。

老人のもとを訪れた女性は高校教師をしていた老人のかつての教え子だという。自殺した兄の俳句集を手に、兄とその婚約者の死の真相を解き明かしてほしいと依頼する。

次々に登場する句は、単品で見ればどれも風景・情景を描写した普通の俳句だ。だが、中心になる13の俳句を時系列順に辿れば、一転して不穏な光景が描き出される……


読み終わって膝を打ったのが、句集のタイトル「皐月闇」だ。

通常、句集や歌集のタイトルは収載された句に含まれるフレーズから付けられるのが一般的だ。しかし、読み解かれた13の句の中に「皐月闇」というフレーズはない。

この謎を回収するのが隠されていた最後の句だ。この俳句の登場が最後の一手となり、物語は終幕を迎える。じくりと湿度のある怖気を残して。

俳句と謎解き、そして恐怖のバランスが絶妙な作品。


最近短歌に興味を持っていたため、句の読み解きからとても楽しめた。

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2作目:ぼくとう奇譚

現代が舞台だったーから一転、2作品目は昭和初期が舞台の、レトロな雰囲気漂う小説だ。

物語は銀座の喫茶店からはじまる。当時の喫茶店は今でいうバーのような立ち位置の店だろうか。名家の跡取りで遊び人の木下は、最近黒い蝶にまつわる奇妙な夢をみると言う。

その帰り道、偶然出会った修験者に木下は呪詛を受けていることを告げられる。大量の御札を用意され、屋敷の離れで禊をしながら暮らすよう言いつけられるが、夜毎に黒い蝶に誘われ、夢の中に現れた楼閣へ入り込んでいく。

3作品の中で一番ホラーらしい雰囲気が強い作品。一番現実離れした展開でもあるので、合う合わないは分かれるかもしれないが、私は3作の中でこの話が一番好きだ。

1作目もそうだが、人間の嫌な部分へと徐々にライトが当たる構成にぞくぞくする。

3作目:くさびら

俳句、虫、ときてラストはキノコの話。

ある日姿を消した妻と子。それ以来、庭に色とりどりのキノコが現れるようになる。キノコは日ごと尋常じゃない速度で増殖し、家の中まで侵食していく。主人公・杉平の様子を心配した従兄弟が訪ねてくるが、キノコは杉平にしか見えていないようだ。しかし、キノコの出現場所・パターンには何らかの意図が感じられる……

『皐月闇』はミステリー要素、『ぼくとう奇譚』は幻想要素を多く含む物語だったが、『くさびら』はそれらの中間的な要素を持つ短編だ。ファンタジー要素を含む設定だが、紐解かれていく謎を楽しむこともできる。もちろん、何が起きているかわからない薄気味悪さも。

しかし、恐怖という面では他2作品よりもマイルドだ。読後感も比較的さっぱりと前を向くものとなっている。これを3作のラストに持ってきたのは良い構成だと思う。

貴志祐介らしさと人間の嫌な部分を味わえるホラー短編

本作はモチーフの掘り下げが本当に見事だった。俳句、虫、そしてキノコ。各短編の題材が偏執的なほど丁寧に描かれていて、そこに存在しているかのようなリアリティがある。

『十三番目の人格 ISOLA』『クリムゾンの迷宮』の時も感じたが、貴志祐介は現実離れした設定にリアルな血肉を纏わせるのが上手い作家だと思う。

タイトルにある梅雨のような、ぼわりとこもっているのに体温を奪われるような空気を感じる短編集だった。