鴨崎暖炉『密室黄金時代の殺人 雪の館と六つのトリック』を読んだ。
第20回『このミステリーがすごい! 』大賞・文庫グランプリ受賞作だ。
受賞の話題性と、
「密室の不解証明は、現場の不在証明と同等の価値がある」との判例により、現場が密室である限りは無罪であることが担保された日本では、密室殺人事件が激増していた。
という設定が気になって仕方がなかったので手に取った。
確かに、密室殺人はミステリの花形。古今東西さまざまな作家が描いてきた題材だ。紫煙をくゆらせるドープな名探偵やメガネの小学生をはじめ、様々な探偵が解き明かしてきた魅力的な舞台装置。
でも、リアルに考えると必ず出るツッコミがある。わざわざそんなことする必要なくない?
犯人の痕跡が残っていないなら、せこせこ密室のトリックなんて作らず、素知らぬ顔をしていればいいだけだろう。
そんなことを言いだす無粋な読み手を黙らせる発明が、この世界観だ。密室が解き明かされない限り、どれだけ怪しくて状況証拠が揃っていても無罪になる。そのモチベーションがあるから、犯人は一か八かの逃亡なんてせず、密室の作成に精を出す。
読者のツッコミや余計な疑問は、もはや挟まる余地はない。
この点が非常によく考えられた小説だと思った。
余計なことは考えなくていい
この作品、何がすごいって
下敷きになる世界観だけでなく、作品の至る所に「謎解き以外に余計な脳のリソースを割かせない」工夫が張り巡らされているのだ。
密室を解き明かす専門の探偵はいるし、密室トリックにありがちな抜け穴の有無を公的に証明してくれる「密室鑑定業者」なる職業のおかげで、「ない」と提示された条件は「ない」ものとして安心して読み進められる。
また、登場人物の名前と属性がわかりやすい。
本作は「何者かによって橋が落とされた洋館」という、いかにもなクローズドサークルで起こった連続 ”密室” 殺人が題材だ。
館の支配人は「詩葉井」、主人公以外に居合わせた探偵は「探岡」、社長は「社」。読み進めながら「えーっと、この人は誰だったっけ……」と頭を悩ませる必要はない。
読者はただ、謎解きを楽しむことだけに集中できる。
登場人物の名前を一致させたり、犯罪の社会的な整合性なんかに頭を使わなくていい。提示された謎を解くことだけを考えていられる。これはなかなか新しい体験だった。
ゲームのように楽しめるミステリ
本作の主人公は推理オタクなので、地の文で「クローズドサークル」「フーダニット」などの推理小説ワードを使ったメタ視点の情報整理もしてくれる。
また、「ノックスの十戒」や「密室の15分類」などの、推理小説好きには馴染みのある用語も重要なキーワードだ。
登場人物たちのラノベ的な掛け合いもあり、謎解きゲームをプレイしているような気分を味わえる、そんな作品だった。
チャレンジできる謎はたっぷり6つ。
大ボリュームの密室トリックを味わいたい人はぜひ手に取ってみてほしい。
どうやら、本作が作者の鴨崎暖炉氏のデビュー作らしい。今後もミステリ中心、特にハウダニット中心の執筆を予定しているそうなので、今後の作品がとても楽しみだ。
続編である「密室狂乱時代の殺人 絶海の孤島と七つのトリック」も刊行されているので、近いうちに読んでみたい。