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食の多様性を残す意味|世界の絶滅危惧食【書評・感想】

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食の多様性を残す意味|世界の絶滅危惧食【書評・感想】

ミツオシエ、という鳥がいる。

アフリカを中心にに分布する地味な鳥だ。日本人としては、なんだか耳にしたことがあるけどイメージがわかない、そんな鳥だと思う。

こいつらはその名前の通り、蜜、ハチミツのありかを人間に教えてくれていたらしい。

それも、「こいつらのいる場所に行ったらハチミツがよく見つかった」レベルの話ではなく、原住民との間で鳴き声(鳴き真似)を交わして交渉し、ハチミツのある場所まで案内していたというから驚きだ。

人間は道具や煙を使ってハチミツを回収し、ミツオシエは残った蜜や巣の残骸を安全に食べられる。そういう共生の歴史からついた名前の鳥だ。

ノドグロミツオシエ。人間だけでなく、ラーテルなどの動物とも協力するネゴシエーター。(wikipediaから引用・改変)

しかし、最近ではアフリカ少数部族でも近代化が進み、ミツオシエと交渉できる人材はほとんどいなくなってしまった。今でもミツオシエと共にハチミツを採っているのは、「ハッザ」という一部族に限られる。

ハッザは、現代においても完全に狩猟のみを行う(農耕を一切行わない)数少ない部族だ。その摂取カロリーの7割をハチミツによって賄っているほどのハニーハンターでもある。

その暮らしにミツオシエの存在は欠かせない。しかし、近代化の波は確実にハッザの元にも近づいている。都市で就労する若者も増え、鳴き真似によるミツオシエとの交渉術も徐々に失われ始めている。

「ハッザのハチミツ」は、現代において失われつつある希少な食文化だ。

そんな、世界から消え失せようとしている食文化」について丹念に描き出したのが、本書「世界の絶滅危惧食」だ。

均一化する食料

緑の革命に代表される大規模なモノカルチャー農業の席巻によって、世界の人が食べるものはひたすら均一になっている。

その傾向は特に主食(麦や米、トウモロコシ)や家畜で顕著で、歴史的な食文化は徐々に絶滅の危機に追いやられている。

種子類の大部分は4社、チーズ製造に使われる菌や酵素のうちの半分は1社、ビールの1/4は1社と、限られた大企業がそれぞれ生産を握っている。豚肉はたった一つの血統に基づいているし、果物、特に貿易で売買されるバナナはたった1つの品種に支配されている。

姿を消す伝統食

生産性を優先して手に入れた、安定した食卓。その陰で"非効率的"な伝統食は、ひっそりと姿を消し始めている。

例えば、伝統的な品種の小麦。日本では赤米や黒米といった古代米を想像するとイメージがつきやすいかもしれない。品種改良がされていない、強靭だが収量が少なく、加工が難しいタイプの穀物。

あるいは、先住民の主要な採集物だった塊根植物。マヤの伝統的な農法で得る作物。インドとミャンマーの国境付近で生まれた、柑橘類の祖先ともいえる品種。

ジャーナリストである著者がフィールドワークで出会った「絶滅危惧食」たち。本書では、それらの背景や歴史といった文化史が丁寧に紹介されている。

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遺伝的多様性の保存

注目すべきは、食文化の保護だけでなく、作物・家畜の多様性の保存を重視している点だろう。

品種改良と均一化は、一つの要因で食糧生産が大打撃を受けるリスクを生む。例えば、同一の遺伝子を持つ品種ばかりを栽培していれば、特定の病原菌で全滅してしまうかもしれない。株が残らずやられてしまえば、品種改良で対応することも困難だ。

そんな状況に備えるために有用なのが、種子バンクなどの保存機構だ。有名なのは北極海の天然の冷凍庫にある「スヴァールバル世界種子貯蔵庫」だが、このような生物多様性のためのバンクは世界各地に設置されている。

 

文化とともに、食の遺伝子の保存の重要性を訴える。本書は紀行のようなキャッチーな文章ながら明確な主題のある濃い内容で、非常にいい一冊だった。