副業という言葉をそこかしこで耳にする。
以前は「副業」といえば一部の人たちがこっそりとやっているもの、という印象があった。家業の肩代わりや、突き抜けた趣味の延長、イケダ某の影響でブログを書くなど手段は多々あれ、「本業以外の収入を持つ」ことは日陰者の行為として扱われていたように思う。
それが今や、「働き方改革」の名のもとに政府が副業を推進し、企業内に大きめの椅子を持っているおじさんですら「副業」について口にするばかりか、実際に副業に繰り出している。流行りの品の転売やYouTubeで一攫千金を狙う者も多く、世はいまや大副業時代だ。
本書はそんな「副業をしているおじさん」に焦点を当て、本業以外の収入をもつ40〜60代男性約100人を取材したルポルタージュだ。特にホワイトカラー労働者の副業体験をまとめている。聞き取りだけじゃなく、著者が実際にその副業を体験して得た情報も多く、現場のリアルな空気感が伝わる良書だ。
本書は決して「副業の成功法則」などではない。本書で取り上げられたおじさんたちの多くは迷走し、幸福な副業ライフの実現には至っていない。
しかし、そんなおじさんの生の声から得られるものは大きい。仕事の傍ら、何かしらの副業を検討している人は一読してみると良いと思う。
副業おじさん 傷だらけの俺たちに明日はあるか|若月 澪子
最近、意外な場所で働くおじさんをよく見かける。その中には、ホワイトカラーと思しき中高年も少なくない。背景には、日本型雇用崩壊、ジョブ型雇用拡大、実質賃金低下、教育費の高騰等がある。中高年男性の経済・労働環境が厳しくなり、セカンドジョブで稼がざるを得ない「副業おじさん」が増えているのだ。
満身創痍のおじさんたちの副業現場をあざやかに描き、労働の本質とは何かまで深く掘り下げた、注目のジャーナリスト、初の著書。「JBpress」大好評連載の書籍化! -朝日新聞出版書籍紹介より一部抜粋
“おじさんの迷走”は全てのギグワーカーが通る道
おじさんたちは様々な事情から副業を始めるが、当然、成功するおじさんもいれば、うまくはいかないおじさんもいる。
このうち、副業デビューに失敗し、ずるずると「副業の森」へ迷い込むパターンに注目したい。
"副業の森をさまようおじさん"は、根本の考えが間違っているが故に「自分の経験を活かして稼げる副業」という青い鳥を探しつづける。
幾人もの話を聞き、実際に同じ副業を体験をした著者が分析した「森」での迷走パターンは5段階ある。
- 夢みがち期
経験や知識を活かした副業をやりたい、と思っても何からすればいいかわからず、ネットの情報を彷徨う - とりあえず期
小遣い稼ぎになりそうなモニター・ポイ活にとりあえず取り組む - クリエイティブ期
ブログや動画の投稿をしてみるが、フォロワーが増えず更新が滞る。あるいは、クラウドソーシングのクソ案件・低報酬案件に絶望する - 開き直り期
手っ取り早く現金が手に入る時給1000円前後の肉体労働バイトに勤しむ。もしくは人の役に立とうと教育や福祉のバイトに携わり、賃金の安さに挫折する - 絶望とあきらめ期
労働条件の悪さに辟易し、好条件を求めてバイトを転々とする。または、1に戻る。
迷走おじさんは「正解」を求めて1-5を行き来するという。
本書に登場した中だけでも、起業・独立のキラキライメージに取り憑かれて思考停止に陥ったり、ライターワークに挑戦しては「付属の養成講座」を紹介される半スパム案件に苦しめられたりと、薄給のもと余暇と体力をすり減らすおじさんが少なくない。
滑稽な話だ。
そもそも「スキルを活かした副業」が成立しうる業種は限られているし、収入を求めるならみみっちいポイ活に手をだすべきではない。クラウドソーシングの低単価案件で下積みを〜などという思考も誤りだ。
しかし。この迷走を、前時代的なおじさんの思考の浅さだと断じることはできない。
収益を目指してモニターやライティング、動画作成を始めてみては暗礁に乗り上げる。この流れを、我々はかつてのノマドブーム、ブロガーブーム、ユーチューバーブームで幾度となく目にしてきた。そこには老若男女問わず「森」に迷い込む人が溢れていたはずだ。
おじさんが迷い込んだ森は、我々の誰もが取り込まれうる場所だ。つまり、森を回避したり、抜け出すためのヒントもおじさんたちから得られるのではないだろうか。
なぜ副業をするのか
おじさんが副業を始める動機は様々だが、本書によると大きく2つに分けられるようだ。
①「収入の補填」
主に、本業の業績悪化や再雇用への移行などにより減少した収入の補填や、子供の教育資金の拡充がこれにあたる。副業と聞いてまず浮かぶのはこのパターンだろう。
②「セカンドステージの準備」
老後への備えや、このまま同じ仕事を続けていて大丈夫だろうか……という漠然とした不安から副業を始める人がこちらにあたる。
40代未満で、副業を……と考える人にとって、案外①のモチベーションはピンとこないかもしれない。現職を続けながら下手な副業に手を伸ばすより先に転職が視野に入るからだ。
”非おじさん”で副業を求める我々はむしろ、②の立場に近いのではないだろうか。
本業の仕事になんとなく嫌気がさしている。副業で大きな収入を望めそうならこちらを本業にしてしまおう。あるいは、仕事以外の趣味を収益化できたらいいな。そういった、切実さよりも夢が駆動する副業だ。
個人的な感覚として、②のタイプは(1)夢みがち期や(3)クリエイティブ期に迷いこみがちである。嫌な言い方だが、ノマド/ブロガー/ユーチューバーワナビーを想像してもらうとわかりやすい。
副業がうまく行くヒント
そんな出口の見えない「副業の森」に迷い込まず、充実したセカンドワークを続けていくにはどうしたら良いのか。
副業でうまくやっているおじさんは、収益そのものよりも本業の職場外で得られる人間関係に光を見出しているようだ。
それは、それまで会社人生で縁遠かった属性の人たちとの交流(未知との遭遇)であったり、フラットな同僚関係や客の感謝による孤独感の解消であったりする。
著者の取材に対し「話を聞いてくれてありがとう」と感謝する人も多く、取材対象がおじさんであることを差し引いても、新しい人間関係が副業の充実感に一役買っていることが窺える。
副業というと、どうしても実利の獲得だけを目的にしてしまいがちだが、
- 小さな幸福
- 新しい人間関係
の獲得にも目を向けてみることで、うまく続けていける副業を見つけられるのかもしれない。
さいごに
正直、本書を読んで感じたのは、オフィスワークの傍ら、副業で継続的に金銭を得るのは体力のある人にしか無理、ということだ。
アートや工作などの特殊なスキルを有する人以外、コンスタントに稼げる手段は警備や工場などの肉体労働か、夜の仕事の関連産業(清掃・送迎 etc.)などになる。平日昼間はオフィスで働いているのだから、体力は削られる一方だ。
肉体労働自体は「良い運動になる」と案外ホワイトカラーのおじさんから好意的に受け止められているようだが、長期続けられるサステナブルな働き方かというと疑問は大きい。
「副」業はあくまで本業のサブにあるものとして、本業で得がたい経験や人間関係の面白みに目を向けるのが、副業がうまくいくコツなのかもしれない。