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水中の遺伝子をどうやって読み解く?|環境DNA入門【書評・感想】

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水の中から遺伝子を捕まえる|環境DNA入門【書評・感想】


2020年ごろだったか。COVID-19が猛威をふるい始め、まだ情報が錯綜していた頃。日本の水際にウイルスが触れたか触れないかくらいの頃に、「下水中からウイルスRNAが検出された」という分析結果が話題になったことがあった。

生化学をかじった人間だったら、ちょっとした疑問をもったかもしれない。

下水という環境で、検出できるほどのウイルスRNAが残っていられるものだろうか。

RNAはとても不安定なので、ウイルスの殻に守られているうちはともかく、外に出たらたちまち分解されてしまう。

結論から言うと、意外にもRNAは環境中に残っているものらしい。今回読んだ書籍「環境DNA入門」で一番驚いた内容だ。

環境にとどまるDNA

不安定なRNAでさえ水中に残存するのだから、化学構造的に安定なDNAは言わずもがな、結構な期間維持されるようだ。

そう。土中や水中には、そこに生息している生き物のDNAが残されてる。そういった、環境中に存在する生物由来のDNAを総称して「環境DNA」と呼ぶらしい

初めてこの概念が世に出たのは2008年のことだ。Biology Letterという科学雑誌に掲載された、短い論文が初出らしい。オタマジャクシのいる水槽の水だけをとって分析したところ、同種のDNAが検出されたらしい。つまり、生物を直接捕獲しなくても、その生き物が生息しているかどうかを判断できる

著者たちの研究

この研究にやや出遅れる形になったが、著者らも環境DNA研究に手を伸ばした。

「複数種類の生物が混在していても、同様に検出はできるのか」。

3種類の生物を入れた水槽の水で同様の分析を試みたところ、これまた全ての生物を検出することができた。

この成果を持って、2011年に国内で学会発表をしたが、周囲のリアクションは冷ややかなものだったという。

学会発表の「華」は質疑応答だと言われていて、良い発表の後は活気のある質問が飛び交う。それが皆無だったというのだから、その情景を想像するだけで胃が痛くなってしまう。質問が出ない学会発表ほど辛いものはない

実社会で活かされる技術

しかしその後、河川の侵略的外来種の調査、オオサンショウウオの遺伝子汚染の調査、希少種の探索などを題材に技術の検証を重ねていった結果、「環境DNA分析」は、現在では国や自治体の生物モニタリングなどに利用されるまでになった。

2017 年の夏には、全国で一斉に海水サンプル採取し、生息している魚類の網羅的な遺伝子調査が行われている。

海外でもこの技術は盛んに用いられているらしく、ゆくゆくはネス湖の水からネッシーの存在にたどり着く日が来るのかもしれない。

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この本の評価

知らないうちに世界の貢献している技術について学べる、非常にいい一冊だった。

岩波から刊行されている本だけあって少しとっつきにくい見た目だけど、冒頭ではDNA/RNAの化学構造の違いなどにも触れられており、馴染みのない人でも読みやすい内容だと思う。

【追記】

タイムリーなことに、環境DNAを頼りに道頓堀川に生息するニホンウナギの調査が行われたらしい。技術の本を読んだあと、実際に活用されているシーンを見ると楽しい。

https://news.yahoo.co.jp/articles/1e1ec100f2baaa98b03beb7e4dc1169892e741db