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香水の帝王による辛口香水批評|世界香水ガイドⅢ【書評・感想】

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香水の帝王による辛口香水批評|世界香水ガイドⅢ


ルカ・トゥリン氏らによる「世界香水ガイドⅢ」を読んだ。

ルカ・トゥリン氏はレバノン出身の生物物理学者で、香りに関する研究の第一人者だ。彼は2001年と2004年にフランスで香水批評の最高栄誉であるジャスミン賞を受賞し、2009年には英国でも同賞を受賞するなど、香水批評の権威として知られている。

嗅覚は人の五感で最も一般化が難しい感覚だと言われている。触覚や視覚はセンサーを使って数値化できるが、嗅覚はそうはいかない。特に、微かな匂いや複雑に混ざった香りは機械による分析は難しく、工場の環境管理などには現在も人の嗅覚を用いた「嗅覚測定法」が用いられる。

しかし、トゥリン氏はその困難さにも関わらず、嗅覚に関する言語化を高いレベルで成功させている。香りのレイヤーに対する高い解像度と語彙力、そして文化的背景に対する洞察を添えて提供される批評文は読み応え抜群だ。

知っている香水が少なくても、本書はコラムとしての完成度だけで十分楽しめる一冊と言えるだろう。

低評価香水へのバッサリ具合がたまらない

トゥリン氏の批評は、”いい香水” に対しては深い洞察とレトリックを尽くし、一つのコラムとして洗練された文章が紡がれている。中には1000文字近くの言葉を尽くしたものもある。これだけでWEBなら1記事としてコンテンツ化できるくらいだ。

いっぽうで、低評価のものに対しては本当に容赦がない。ここが良くない、なんだこれは、と切り捨てていくコメントはいっそ小気味いいほどだ。趣としては「ウィスキーガロア」のトップバリュウイスキーの批評文に近い。

割と好きな低評価香水の例を挙げると、

Just My Cup of Tea|ジ アート オブ フレグランス ☆
香水にティーを使うアイディアは、伝言ゲームを数年続けた結果、おぞましい緑色の蒸気が沸くような代物になってしまった。この香りはたとえるなら、ドライクリーニング剤としおれた花の中間という感じ。=LT p179

頭がよく語彙力のある人による酷評というのはこうなるのか、と感動すら覚える。どんな生活をすれば「ドライクリーニング剤としおれた花の中間」なんて表現ができるようになるのだろう。

ちなみに、それぞれの香水は香りの傾向が分類されているのだけれど、Just My Cup of Teaの分類は「化学薬品ティー」。

ここまでくると逆に試してみたくなる。 

あまりにも切り捨てすぎている例も。

ただ、「香水未満のシロモノについて語る価値はない」と言わんばかりにバッサバッサ切りまくるあまり、ただの悪口になってしまっているものも少なくない。

上のJust My Cup of Teaの批評は比較的ちゃんと書かれている部類で、ひどいものだとたった一言で済まされてしまっている。

顕著なのは「アルマネラ」という香水。評価は⭐︎、コメントに至っては「ホテルの石鹸」。以上である。

こういった”お眼鏡に敵わなかった香水”については、批評を読んでもあまり参考にできる部分はないだろう。

また、ブランドの大きさを問わずダメなものはダメと切りまくっているので、自分の使っている香水の評価を見てみたい、という動機で本書を手に取ると、思わぬところからダメージを喰らう恐れもある。香水好きは逆に注意が必要かもしれない。

とはいっても、私を含め悪口を楽しめる諸氏にとってはさまざまな罵倒のバリエーションが見られる上質なコンテンツと言えるかもしれない。

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「いい香水」に対するレトリカルな評価

さて。ボロカスに酷評する文章も最高なのだけれど、やはり正統な本書の楽しみ方としては、素晴らしい香水に対する批評文だろう。
 
基本的に⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎以上の評価がついた香水にはしっかりとした批評文がついている。

個人的に好きなのは資生堂の香水「Ever Bloom」の評だ。
数少ない日本の香水として評価されていたが、一つのコラムとしても完成度が高い。

Ever Bloom|資生堂 ⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎ バービーの涙

まず、詩的な分類に驚かされる。「バービーの涙」て。

続くほぼ1ページを占める批評文は、刑務所にすらゆるキャラを作ってしまう、日本のカワイイ文化についての考察から始まる。パッケージのダサさ(日本のコスメ業界の好むスタイル)に言及しつつも、表記通りの素直な香りに対し、意外とそれがいいとひと褒め。調香師オーレリアン ギシャールの紹介と称賛をしつつ、香りの特徴について解説して締めている。

締めの文章がまた詩的だ。

「エバー ブルーム」をひと嗅ぎすれば、川瀬巴水の版画で見たことのある、夕暮れのピンクに染まった雲の中を飛んでいくかのよう。優しく愛撫される感覚。温めたマシュマロより硬い考えは、頭から全て消え失せる。p133

比喩をふんだんに織り交ぜた批評に浸るとともに、翻訳者の技量にも感心する。

この優美な語彙や歴史・文化評、調香師の経歴を評する洗練された文章と、ダメ香水に対する切れ味の良さとの絶妙なバランスが、分厚い本書を最後まで飽きずに楽しませてくれる。

海外のニッチブランドが中心で日本の香水の紹介は少ないが、パルファン サトリのものがいくつか紹介されていた。代表作の「Satori」は⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎評価のウッディオリエンタル。好きな系統なので気になっている。

こういう思いがけない出会いもあり、香水好きにはたまらない本だと思う。