人類は大きく二つに分けてみることができる。本を読む者と読まない者に。
どこかで聞いたようなフレーズだ。
では、こう続くとどうだろう?
読むものをさらに二つに分けられる。本に書き込みをする者と書き込みをしない者に。
これは、著者である山本貴光氏が本書冒頭で語っている言葉だ。
個人的に結構好きなレトリックである。
本書は、書物の余白への書き込み=「マルジナリア(marginalia)」を題材にした本。偉大なる先人・文豪たちの書き込みを例にあげ、マルジナリアの面白みや魅力について語っている。
本へのメモ書きやライン引き。あの行為をピンポイントで指す名前なんてあったんだなぁ、などと驚く。
先人たちのマルジナリア
本書序盤では、著者自身のマルジナリアを筆頭に、夏目漱石などの先人たちのマルジナリアが紹介され、分類・考察されている。
漱石のものを例にすると、書き込みの内容は
-
疑問
-
賛否
-
思考(連装/発想)
の3つに分けられるようだ。
「そんなこと言っても書き込みなんて、せいぜい傍線を引く程度でしょ」なんて思っていたら、思った以上にライブ感のある書き込みが踊っていて驚嘆する。
「yes」ひとつとっても、”然リ、然リ然リ、御尤ナリ、愉快愉快、僕ハ常ニ斯ク考エテイマシタ大賛成” などバリエーション豊か。
「No」はもっと感情溢れて、”変ナリ、馬鹿ヲ云エ、ナンダコンナ愚論ハ、前ト衝突シテイルヨ、ツマラヌ、コンナlogicガ何処カラ来ル、ソーデスカ” など。
もはや独り言では。感覚としては、「YouTube 読書配信のアーカイブ視聴」レベルの”生”感。「賛」「否」の一言で良さそうなのに勢いがあって面白い。
そのほか、「ロリータ」を執筆した作家、ウラジーミル・ナボコフは、カフカ「変身」へのマルジナリアとして、主人公が変身した甲虫について、描写から想定されるサイズ感や想定される種類、イメージ図を記載している。
書き込みの世界は思っていたよりも自由なようだ。
あの記号の意外なルーツ
本書を読んでいて驚いたことがもう一つ。
☞この、小さい手の絵。☜
ずっと日本の絵文字の一種だと思っていたのだけど、どうやら、中世ヨーロッパに由来する記号らしい。
この小さい手は「☝︎マニクル (manicule)」と言って、元は11世紀ヨーロッパの手稿に書かれた目印に由来するらしい。その後14-15世紀には写本へのマルジナリアとして広く使用されたというのだ。
"manicule"で画像検索するとバリエーション豊かなイラストが出てきて楽しい。
こういう個性的な目印も、マルジナリアの楽しみの一つのようだ。
とは言っても、本を汚したくはない?
マルジナリアはたしかに魅力的だ。
でも、本への書き込みを嫌がる人は多い。
私も正直、あまり書き込みはしたくない派だった。本を汚したくない。ふせんの糊も本を痛めると知ったので、目印にはちぎったメモ片を挟むようにしているくらい。
でも、この本を読んでからは「入手性が高く廉価な本」に限り、書き込みを試してみている。自分に合わなかったら買い直せばいいや、くらいの気軽さで初めたけれど、これが案外悪くない。
私は本を読むとき、
- 気になった内容を見つける
- 紙片で目印をつける
- ある程度読み進めた後でメモ
- 整理してこのブログで公開
という流れで情報をまとめているのだけれど、
一発目で本にメモをしておくと細かい思考を拾いやすい気がする。後から読み返すときには忘れてしまっているような、些細なアイデアを残しておけるというか。
一発目で本にメモをしておくと細かい思考を拾いやすい気がする。後から読み返すときには忘れてしまっているような、些細なアイデアを残しておけるというか。
書き込みがあると古本屋での価値は下がってしまうけれど、深く読みたいときにはとても役立つ。マルジナリアは本の咀嚼なのかもしれない。食べさしのものは売値がつかないけど、その分自分の栄養になる。
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マルジナリアの始め方
さて、そんなマルジナリアだけど、普段本に書きこむ習慣のない人にとっては「何を買いたらいいかわからない」というパターンも大いにある。
そんな人を想定したハウツーが、本書の巻末で語られている内容だ。
どのような道具で、どうやって書けばいいのか、どういうことを書けばいいのか。便利な記号や略称など、「はじめてのマルジナリア入門」とでもいうようなコラムがまとめられている。
使うのはなるべく細いペンがいい、というのが第一の教え。
私はそこに「紙への引っ掛かりとインクフローが少なめものがいい」というのを足したいと思う。すらすら書ける方が気分がいいし、インクだまりができるとスレたり反対のページについたりして本が汚れるからだ。
個人的には「ブレン」を愛用している。
ぶれずにスマートなせんがかけるので、本の狭いスペースの書き込みでも字がつぶれにくい。
また、実用的なマルジナリアの例としてお試しに推奨されているのが、 本の咀嚼に重要な「索引」づくり。
バーナード・ショー曰く「書物に索引をつけない奴は死刑にせよ」
なんて創作か本当かわからない至言をひきつつ、「自作の索引を作ってみる」ことを著者はすすめている。重要なキーワードを拾って、それがどのページで語られていたのかを俯瞰できる点で、索引作りはとても有用らしい。
これならいきなり本文に書き込まなくても、メモ用紙に抜き出していく形でも試せる。はじめの一歩にちょうどいいかもしれない。
まとめ
本書ではマルジナリア(書物の余白への書き込み)を題材に、一歩踏み込んだ本の読み方を紹介していた。
先人たちのマルジナリアをみていると、ナマの思考が伝わってきて面白い。
ぜひマルジナリアの世界に一歩踏み込んで、その自由な世界を体験してみてはいかがだろうか。