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仏教にも通じる哲学|バガヴァッド・ギーター (講談社学術文庫)【書評・感想】

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仏教にも通じる哲学|バガヴァッド・ギーター【書評・感想】


『バガヴァッド・ギーター』とは、古代インドの叙事詩『マハーバーラタ』の中の一幕。血族を巻き込んだ大戦争に心を痛めた英雄・アルジュナに対し、彼の導き手であるクリシュナが教え諭す場面を抜粋したものだ。

戦場の只中で膝を折るアルジュナに、クリシュナは繰り返し ”我欲を捨て、結果にこだわることなく義務を行う” ことの必要性を説く。 

この一幕だけで独立した作品として取り扱われており、ヒンドゥー教における聖典の一つにもなっている物語だ。

 

仏教にも通じる教え

ギーターの中では、クリシュナによって我欲を捨て、結果に頓着せず、為すべき事を実行することの重要性が繰り返し語られる。

才の欲愛を放下し、愛執なく、我欲なく、我執なく身を処するひと、そは静寂に至る -本書 p53

心静穏なるとき、かれに、あらゆる苦難の消滅あり。 -本書 p52

教えの基本通念は「サーンキヤ」と「ヨーガ」という2つの思想体系からなるようだ。要するにサーンキヤとは物質的なものに執着しないこと、ヨーガとは心を平静に保つことと解釈した。

どちらも思想の中心は魂の輪廻転生と、そこからの解脱にある。

クリシュナは、魂は傷付かず、在り方を変えるだけなのだから、人の生死を嘆く必要はないとアルジュナを諭している。

あたかも、人の着古せし上衣脱ぎ捨て、他の新たなる上衣をまとうごとく、霊魂も、着古せし身をば脱ぎ捨て、他のあらたなる肉体に入る。(中略)
万物の体内に坐すこの霊魂は、永遠に損なわれることなし、ーバラタの御子よー。されば、すべて生きとし生けるものを、そなた嘆くべからず。-本書 p45

この哲学は仏教とも共通している。

それもそのはず、ギーターにおけるクリシュナは、インド最高神の一柱であるヴィシュヌの化身とされている。この神は時折に下界に降りてきては人を導く役割を果たしており、有名なものでは10の化身を持つとされているが、その化身のうちの1人が仏教の開祖・ブッダである。(諸説ある)

たしかに、ブッダ自身も苦行林で修行していたことから、あの時代にすでに「サーンキヤ」「ヨーガ」に似た哲学が体系だっていたことが伺える。

心を平静に保って為すべきを為し、悟りを目指す。そういう点では「バガヴァッド・ギーター」の教えは日本人にも馴染みのある哲学なのかもしれない。

苦行を礼賛するものではない哲学

「バガヴァッド・ギーター」では苦しみを越えて義務を為すことが強調されるが、無意に苦行を行うことを勧めているわけではないようだ。

されど、ヨーガは、過食のもの、なに一つ食わざるもの、また惰眠の性癖あるもの、寡眠のものに属さず、アルジュナよ。食餌、休養を節するもの、行為にあたり、四肢の動きを節するもの、睡眠と覚醒を節するものにとり、ヨーガは苦痛を断減するものなる。 -本書 p82

精進した者だけが救われる上座部仏教に近い考えのようでいて、上座部仏教のように厳しい修行や出家を求めるものではないというのが大きな違いだ。

あくまで自分を制して、やるべきことをやれ、という点が語られている。結構好みな考え方かもしれない。

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読みづらい一冊ではある

正直なことをいうと、本書は読みにくい部類の本だ。

原本は1998年に中央公論社から発行されたものらしいが、発行年のわりに固めの文語で書かれている。格調高くて良い訳ではあるのだが、慣れない語も多く、読むには時間がかかる。(とはいっても、文語文としては比較的読める範囲の文体ではある)

原典のニュアンスを正確に拾うため、セリフの間には尊称や呼びかけが挟まってテンポが良くない部分がある。それも、表現の繰り返しを嫌うのか、同一人物を指すのに「バラタの御子」「クルの御子」「強運の士」など様々な表現が使われるので混乱を生む。

説かれている哲学も解釈する必要があるので、サクサク読むものではなく、じっくり噛み締めながら読む必要がある本と言えるだろう。

 

また、本書の読みづらさの一端は、微妙な表現がジャポナイズされている点にもあるかもしれない。

例えば、アルジュナを形容するフレーズとして「髷(まげ)麗しき方」という表現がよく出てくる。また、クシャトリヤ(戦士階級)を指して「武士」という訳が当てられている。

冒頭、カウラヴァとパーンダヴァの両陣営が布陣して合戦が始まるシーンでは、アルジュナによって法螺貝が吹き鳴らされていることもあって、意識が古代インドから源平合戦くらいまで身近に引き戻される感覚がある。

こういった点でクスリときてしまうタイプだと、集中力が持っていかれてしまう可能性がある。

格調ある文体で読む「ギーター」本

そんな、読むのに気骨がいる本書だが、原著に基づいて入念に、かつ格調高い言葉選びで邦訳されているのが一番の特徴だろう。注釈も巻末の参考文献リストも充実している。

もっと読みやすい書籍でいうと、「神の詩―バガヴァッド・ギーター」や「バガヴァッド・ギーターの世界」などが良いらしい。どちらも物語調の読みやすい口語体で書かれている本だ。

バガヴァッド・ギーターは訳者によってニュアンスが変わる部分が大きく、枝葉の民間伝承のような内容を含めるかによっても変わってくる。複数の本を読み比べてみるのも面白そうだ。

本書も、勇壮さと格式ある文体を味わえる良い訳だったと思う。

気骨を持って挑んでみてはいかがだろうか。