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「謎の作家」は何を描いたか|『増補バンクシービジュアルアーカイブ』書評・感想

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「謎の作家」は何を描いたのか|『増補バンクシービジュアルアーカイブ』書評・感想

「謎のグラフィックアーティスト」バンクシー。
時々新作を発表してはネットニュースに話題を提供しているイメージが強い。

最近では、コロナ禍真っ只中のロンドン地下鉄で、衆人環視の中マスク着用を促すグラフィックを公開したり

「マスクをせよ、さらば与えられん」

 

初回オークションで落札と同時にシュレッダーにかけられた作品が、再度のオークションで28億円(初回の約18倍)に跳ね上がったり

「愛はごみ箱の中に」

 

と、その活動は芸術に詳しくない我々にまで伝わっている。

だが、風刺・皮肉の効いた作風だということはわかるが、実際バンクシーがどんな作品を発表しているのかは、よほど詳しい人でないと知らないのではないだろうか。

そんなバンクシーの作品をまとめ、活動の時系列順に紹介するのが本書、『バンクシービジュアルアーカイブ』だ。

増補バンクシービジュアルアーカイブ|グラフィック社

世界で最も知られたストリートアーチスト、バンクシーの作品をマップ付きで網羅。名作「Rage the Flower Thrower」から、2017年にパレスチナ自治区でオープンした「ウォールド・オフ・ホテル」、最新作「バスキア」までを網羅。コアなバンクシーファンはもちろん、入門者も必携。-グラフィック社作品説明より引用

一言で紹介するなら、「バンクシー作品の写真と、簡単な背景情報を時系列順に紹介する本」だ。見開きページで、左に作題と解説、右側に作品写真、という構成になっている。

「RAGE: the flower thrower」|増補バンクシービジュアルアーカイブ

画像出典:Amazon販売ページ

美術作品集としては小型で、一般的なハードカバー書籍と同程度だ。バンクシー作品の入門書として気軽に手に取れるものとなっている。


他の画家の作品集と一線を画すのは、作品が世界中のストリートに点在していることだろうか。写真を見るかぎり、作品は街並みに溶け込んでいるように見える。キャンバスとなった建物やそのロケーションは、その絵が描かれた政治的な背景を想像させる。

バンクシーの作風・時勢の変化を追える

社会風刺や政治的メッセージを多分に含んだバンクシー作品は、題材にも描かれる場所にも時代性が現れている。

中東情勢が緊迫していた頃にはイスラエルやパレスチナで。感染症の流行中はロンドン都市部で。戦争が始まってからはウクライナで……と、近年の作品だけでも顕著な意思を伺うことができる。

本書の特徴は、バンクシーの活動が認識され始めた当初からの作品が、時系列順に収められている点だ。作品の描かれた背景や地理的な解説もあるため、作品に込められた社会的・政治的メッセージが理解しやすくなっている。

バンクシーとは何者なのか?という疑問

バンクシー作品について知れば知るほど湧き上がってくる疑問。それは、「謎のグラフィックアーティスト」というバンクシーの形容は本当に正しいのか?という点だ。

バンクシーといえばステンシルを使ったグラフィックのイメージがある。あの作風だから人知れず作品を残すことが可能なのだと思っていたが、過去にはスプレーで手書きしていたらしい。また、本書に収載されている作品だけでも、バンクシーらしき人物が作品の一環として一目に触れているシーンがいくつか見受けられる。

バンクシーが監督を務める映画すらあるし、作品完成直後にファンによる保護活動を受けるなど、「謎の作家」というのはただのペルソナで、バンクシーは公然の秘密、スーツアクターの中の人みたいな存在だとして扱われているだけなのではないだろうか……とすら思えてくる。こういうことを考えさせることすら、彼(あるいは彼女)が魅力的な画家だという証左なのかもしれない。

まとめ 

バンクシー作品といえば「風船と少女」のイメージがあまりにも強い。2002年にロンドン・ウォータールー橋に描かれたものが初出だが、バンクシー自身がセルフパロディのような作品をいくつも発表している。作品が破壊された例のオークションの絵も「風船と少女」の図案だし、Tシャツなどのグッズも複数販売されている。

「風船と少女」

 

本書はそういった「典型的バンクシー作品」以外の絵について知るいい機会だ。時系列順・発表地域ごとにまとめられた構成からは、バンクシーの作品制作意図を多少なりとも汲み取ることができるだろう。

なお、本書は「バンクシー作品って何が価値を生んでるの?」という疑問に答えるものではない。作品には個別に解説が添えられているが、美術史的な解説ではなく、モチーフや場所、政治的な解釈に終始している。

ただ、バンクシーがどのような活動をして、どういった背景から作品を発表しているのかを知る一助にはなるだろう。

 

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